
世の受験生の中には、試験前になると外の自習室や図書館を利用される方も多いようですね。「家よりも集中できるから、家だとすぐに飽きてしまって、長続きしないから」ということでしょうか。先日、司法試験対策予備校として有名な某塾の前を通ったとき、自習室の案内が出ていたのを見て、「やはり、司法試験を受験しようという人の中にも、家より自習室を好むタイプがいるということなのかな」とふと思いました。その目で見ると、世の中には貸し自習室の類も結構あるものです。あるいは、最近、各種ドロップ・イン・オフィスが増えているのも、集中しやすい仕事場所を求める人が多いからなのかもしれません。誰しもがそうだとは申しませんが、仕事を持ち帰っても、結局家では捗らないという方も案外多いのでは?
何を隠そう、実は私もこのタイプ。生来怠け者の私は、易きに流れる方ですので、家にいると、ついテレビのスイッチをつけてしまったり、コーヒーブレイクに突入してしまったりして、仕事でも勉強でもすぐに中断、ということになってしまいます。これはもう若いときからそうでした。試験前になると、試験に関係ない本やマンガについ手が伸びてしまって、仕方なく図書館や資料館に出かけて行く、ということを繰り返したものです。大人になってからは、マンガに加えてインターネットという誘惑まで増えてしまって、どうもいけません。
同じようなことは、実は大好きなピアノであっても起こるのですね。自宅には、お気に入りのピアノを置いておりますが(こちらもご覧下さい)、それでも家で集中して長時間弾くことはかなり難しいです。家ですと、ルームウェアのまま「ぐだぐだモード」で過ごしているからでしょうか、弾き始めてもすぐ気が散ってしまいます。事実、この前の連休中に終わらせたかった譜読みも結局終わらず、またしても後悔の日々…。
そんな私ですから、家にグランドピアノがあるにもかかわらず、時々外のピアノ・スタジオを使うことがあります(東京のスタジオであることが多いですが)。これでも、年に数回人前で弾く機会がありますので、本番前は可能な限りスタジオに籠るようにしています。短いときで2時間程度、長ければ4時間ほど、休憩は一切なしです。限られた時間、わざわざお金を払って利用するからこそ、集中力も持続するのかもしれません。自分でも不思議に思うのですが、スタジオに入ると、「ここだけは真剣な時間を過ごす」という目的意識を持ちやすいような気がします。この感覚は、舞台上で味わうものとは全く違います。
実のところ、舞台上で弾くとき、非日常の空間ですし、それなりの感動と興奮を覚えるものですが、どこか落ち着かないまま本番が終わってしまうことも多いのです。未熟な私の場合、舞台上ですと、演奏中の音楽に集中できたことはほとんどありません。客席の雑音が気になってしまったり、この先に控える「苦手箇所」が気になってしまったり、やってしまったミスタッチに「あ!しまった!今のバレた?」と思ってしまったり…。要するに雑念だらけなわけで。
その点、本番前にスタジオで過ごす時間は、純粋に音楽に没頭できますね。個人的には、本番以上に好きな時間だったりします。弾き始めて1時間ほど経ってくると、自分が一種の「ゾーン」に入っているのを実感することができるのですが、この瞬間こそが至福のときだと思えるのです。今奏でている音楽と一体化するするような感覚は何ものにも代えがたいものがあります。
今回、今井顕先生からピアノを譲っていただくことになったわけですが(その一部始終はこちら)、自宅にピアノを置くという選択をしなかったのは(この選択肢は全く頭にありませんでした)、スタジオで集中して過ごす時間を今よりも増やしたいという思いが強かったからなのです。もちろん、今井先生にピアノをいただきたいと申し出たときから、このことは自分の心の中ではっきり決まっておりましたし、先生にもその旨お伝えしておりました。
スタジオでの練習を終えたとき、心地良い疲れとともに「自分史上最高の演奏ができた」という達成感と充実感が味わえる、そして、スタジオでの記憶が本番を支えてくれる…。そんな好循環を生み出せるような空間作りにチャレンジしたい、というのが今の私の希望でもあり目標でもあるのです。