9月を迎えました。いまだに出口の見えない感染状況に加え、大型台風の動きも気になりますが、少しでも多くの皆さまが大切な方々と心穏やかに過ごす時間が確保されることを願わずにはいられない今日この頃です。

こんな折だからこそ、皆さまに少しでも心豊かな時間をお届けしたいと思い、秋(2022年10月1日)のジョイントリサイタルには、素敵なゲストをお呼びすることにいたしました。

「名曲の森」と題したリサイタルの第2部では、ウィーン国立(こくりつ)音楽大学名誉教授で、国立(くにたち)音楽大学名誉教授 ― ルビが要りますね(笑) ― 今井顕先生を客演にお迎えして、トークと演奏をお願いすることになりました。

先日少しうかがったところでは、「弾きながら事例を説明する場面」もあれば、「その曲通して演奏する場面」もあるのだそうです。そして、「あくまで現時点での案ではあるのですが」というコメント付きで、先生から以下のようなメッセージをいただいております。拝見して、私は思わず「おおっ!」と声を上げました。これは絶対に見逃せないし、聞き逃せないと思いましたね。主催者(幹事)兼出演者である私、当日客席の最前列に座ってこれを鑑賞できないのが、大変大変残念です!

ジョイントリサイタルに寄せて(案)

 今日その姿が当たり前かのように受容されている古今の名曲ですが、創作当時も同じスタイルで披露されていた保証は、実はどこにもありません。当時の音源も映像も存在しないので、すべては闇の中──演奏は一期一会、その場に居あわせないと享受できない、スリリングな体験だったのです。「とても華やかな表情とテンポで演奏されていた」という感想が伝承されていても、何ともとらえどころがありません。

 作品本来の姿を再構築するための手がかりは「楽譜」です。それも作曲家が直接関わったオリジナル楽譜が望ましい。自筆譜、筆写譜、そして作曲家が存命中に出版された印刷譜です。こうした楽譜に記された「音符そのもの」が何よりも大切なリソースではあるものの、作曲家による修正、音符に並記された指示や筆跡などから何を感じ、想像し、読み取るかが、作品と作曲家の心情に肉薄するための鍵となります。そして当時の慣習や常識、使われていた楽器の性能や音響に関する知見も欠かせません。

 今回はバロックと古典~ロマン派の作品を通じ、そうした機微を演奏とともにお伝えしたいと思います。ほんの数例しかご紹介できないのが残念ですが、お楽しみいただけたら幸いです。

「表現する」という語の動詞 express は ex (外に向かって) pressare (押し出す)に由来するそうです。まさに、人の心のうちにある「伝えたいもの」を「外に押し出す」活動こそが「表現」ということなのだろうと思います。

人の「心」は大変複雑で、一見したところでははかり知れないほど微妙なもの。身体が異なれば、当然感性も人それぞれ。さらに、人の心は、時代や文化、環境の影響を大きく受けます。人と人とが集まるところでは、そういう微妙な「心」と「心」が、ときにせめぎ合うこともあるでしょう。

そうであったとしても、人は「どうにかして伝えたい」と願い、その思いを「分かち合いたい」と思わずにはいられない存在なのだと思います。今井顕先生が仰るように、まさにそうした「機微」を伝えること ― これこそが「表現」の醍醐味なのではないかと思います。

本来一期一会のものである音楽演奏、これをあえて楽譜という記録にとどめ、さらには出版しようとするのも、作曲家が「どうにかして広く伝えたい」という強い思いを抱いていたからにほかならないと私は思うのです。

紙・記録・印刷技術 ― いずれも、人類の史上に残る偉大な発明です。時代が下ると、さらに、複写・録音・録画・インターネットといった技術が加わります。そういったものが、人の「表現」活動の場を広げてきたことは論を俟たないでしょうし、作曲家もまた、それぞれの時代において、それぞれの立場からこういった技術の恩恵を意識していたものと思われます。

もっとも、この「楽譜」をめぐっては、おそらくいろいろな紆余曲折を経て今日に至っているのだと思います。楽譜に限らず、「史料」・「記録」と呼ばれるものは、残されて伝承されること自体、その大いなる偶然を神に感謝しなければならないところではありますが、同時に、伝承過程におけるノイズやエラーはつきものですね。人のすることですからね。今日でも、誤変換・誤入力等は日常茶飯事、私も例外ではありません。

まして、写メやスキャナがなかった時代のことであれば、筆写の過程で、あるいは活版印刷の過程で、あるいはその後の過程でも、それこそ「紆余曲折」があったに相違ない。そういう「紆余曲折」を含む「楽譜」から、何を読み取り、どう表現していくのか ― そのあたりのヒントになるのかな、と思いながら、このメッセージを拝見しておりました。

それにしても…。

何を弾いて下さるのでしょう?

今井先生の御心積もりはどうやらおありのようにお見受けしましたが、でも、曲名は当日まで「ひ・み・つ」なのだそうです。

今回、「名曲の森」という催しですので、「ほとんど今まで知られることのなかったレアな曲」でないことは確かです。少なくとも、多くの方に愛され、多くの方が知っている「あの曲」がとり上げられることになるでしょう。

そして「あの曲」にまつわる「え?そんな話?」が展開されることは、間違いないと思われます。

「バロックと古典~ロマン派」 ― ということは、異なる時代様式の作曲家がとりあげられるのかしら? 「バロック」といえばあの人? 古典派とロマン派も出てくるのかしら?

実は、この文章を書いているこの私でさえも、実は、最終的にどの曲を弾くことになるかは分からないのです。もちろん、「きっとあの曲だな」という予想はなきにしもあらずなのですが、当の今井顕先生が「ひ・み・つ」と仰っているので、これは当日までのお楽しみということにいたしましょう。

こうした未知のものに出会う演奏会も、スリリングで面白いですよね。考えてみれば、今回のリサイタルでとりあげられる数々の名曲も、「初演」のときには、観客にとっては「未知」との遭遇だったわけですから。

このジョイントリサイタルも、そういう「スリリングな体験」をお届けする場になりそうで、私も今からドキドキしながら準備を進めております。


チケットはこちらから → https://forms.gle/xg9zi3MPWvb5i5TG6