リサイタル当日 ― 2022年10月1日(土) ― は、まだ夏のような暑さだったのですが、気がつくと一気に季節は進み、肌寒さすら感じるようになりました。

リサイタルが終わった直後は、ピークに達した疲労と高揚感で我ながら制御不良状態(!)でしたが、一週間あまりが経過し、ようやく少し気持ちも落ち着いてまいりました。

改めまして、ご来場の皆さま、そして、この会を開催するにあたって支えて下さいました皆さまには、心から御礼申し上げたい気持ちでいっぱいです。おかげさまをもちまして、多くのお客さまにお運びいただき、無事終了することができました。まことにありがとうございました。リサイタル当日も、いろいろな方に申し上げていたのですが、「《ありがとうございます》の百乗でも言い足りないほどの感謝」という気持ちは、今でも全く変わりません。

個人的には、会を主催しながら出演するというのは、思った以上にハードでした。出来たこと、出来なかったこと、いろいろありますが、このあたりで、この会をきちんと振り返ることで、素晴らしい思い出は思い出として、透明のタイムカプセルにきちんと格納して、次へ進もうという気持ちになっております。

少し長文になりそうな予感がしておりますが、以下、リサイタルを振り返りつつ、思うところを述べてみようと思います。よろしければ、おつきあいくださいませ。


【生のステージへの思い ~ キックオフ】

当日配布した冊子でも言及していたのですが、私は、ご承知の通り「コロナ禍にあってもホンモノの音楽を多くの方にお届けしよう」という思いから、日頃お世話になっている師匠の今井顕先生にお願いして、二つのオンライン配信プログラム「今井顕が語り、奏でるウィーン古典派の魅力」・「シューベルトの緩徐楽章」を企画・制作いたしました。もちろん、この二つのプロジェクトを通じて、「いかなるときであっても、人々とともにあり、思いを分かち合うために音楽は存在している」という実感を強く持つに至ったのですが、同時に、「音楽は一期一会、時空を共有することこそ最も大きな喜びである」という思いを強く持つようになりました。舞台から放たれる響きに包まれるあの感覚、あの感覚を多くの人々と分かち合えたらどんなに素晴らしいことでしょう。

そんなことを考えているうちに、私の心の声が「2022年の秋であれば、途中感染者の増減はあろうとも、タイミング的には大丈夫なのではないだろうか」と囁くようになりました。もちろん、希望的観測とか、直感とか、そういうレベルの話だったわけですが。

そう思い立った私は、2021年秋に弊スタジオで今井顕先生のマスタークラス会を開催することを計画するとともに、ご出演意向を確認したうえで、そのマスタークラスメンバーを中核としたジョイントリサイタルを開くことを思い立ちました。ちょうど二回目の配信プログラム「シューベルトの緩徐楽章」の収録のために、東京の今井スタジオにお邪魔した折、今井先生にも「三度目の正直=三度目は生」構想についてご了承いただいたうえで、2021年10月にキックオフを兼ねたマスタークラス実施ということになったのです。その後、メンバー間で、2021年末に京都・岡崎の聖マリア教会でのちょっとしたおさらい会を行う等、相互に親睦と研鑽の機会を重ねることができたことも、今となってはとてもいい思い出です。


【覚悟がなければ…】

もっとも、順調なことばかりではありませんでした。ホールは一年前には予約しなければなりませんから、2021年の9月にはホール予約のためにいろいろと動き出したのでありますが、二度抽選に落ち、これも「三度目の正直」でようやく2022年10月1日のホール予約となったのです。

10月1日開催が決まったとき、それでも楽天的な私は、「ま、いいか、10月になれば台風リスクは幾分減るだろう」と気楽に構えていたのですが、その後、10月1日開催だったばかりに、狙っていた補助金が使えず(2022年9月30日までの事業対象にも2022年10月1日以降事業にもどちらにも該当しないことに…泣)、赤字大出血覚悟を余儀なくされた、という大ピンチに陥ることに。

そもそも、どんなプロジェクトでも言えることですが、始めるからには、リスクを負う覚悟がないとダメなことは言うまでもないのです。まして、何度となく押し寄せる感染者拡大の波の到来。場合によっては、私も含めたメンバーの感染によって、中止・払戻しとなる可能性も少なからずありました。あるいは、台風等の災害によって、当日開催が危ぶまれたり、悪天候によってお客さまのご来場が困難になったりする可能性もゼロではありませんでした。結果論ですが、最初の第一希望の通りホールが予約できていたとしたら、次々発生していた台風の動きに、もう胃が破裂しそうになるぐらいに振り回されて、もっと憔悴していたことでしょう。

ともあれ、リスクはもとより承知ではあったものの、当初お客さまの出足は本当にふるわない状況でした。かくなるうえは(←と言いつつ最初からその気でしたが)、自分で出来ることは、全部自分でやろう…と心に決め、チラシ・チケット・配付冊子のデザインや印刷はもとより、チケットの販売管理からホールとの打合せ、当日の進行管理等、通常マネジメント会社がやるような業務は、可能な限り自分でやろうと思ったのであります。

もっとも、前職時代、それこそ大きな展示会・講演会の運営、来賓の方のおもてなし、はたまた役員の対応等、そういうものをかなり数多く経験しておりましたから、事務量としてはさほど大したことないし、しっかりしたスタッフのお手伝いがあれば、あとは難なく出来るはずだ、という見通しのもと、シャカリキにはなっていたものの、ある程度余裕も持ちながらマネジメント業務に勤しみました。当日、滞りなく進めるには、タイムスケジュールを可視化し、関係者向けのマニュアルを明確にしておくことが必要でした。

「弾きながらのマネジメントは大変でしょう」  ― 皆さまそう仰って下さるのですが、実は、私としては、本番前どうしてもナーヴァスになりがちなところ、特に、開催日直前のチケットの駆け込みお申込みの対応等は、むしろありがたくもあり、いい意味での気分転換にもなっていたのです。そして、さらに幸いなことに、開催日直前には、覚悟していた赤字からの脱却が見通せるようになり、最終的には、わずかならがらも黒字で終わることができました。これも、ひとえにお客さまおよび共演者のご尽力の賜物であります。

確かに、マネジメントを行いながら弾くというのは、気持ちの切り替えが大変です。ですから、自分の弾く30分前から本番までの時間帯については、事前にメンバー全員にお願いして、「当日、頭に血が上って、《わ~っ》という状態になっていると思うから、本番前は、一人静かに籠らせて下さい」とお願いし、「楽屋主催者控室」という小さな個室に籠って、30分だけ呼吸を整え瞑想する時間を持ちました。もっとも、それでもなかなか頭の中は静かになりませんでしたけれどね。とにかく、控室では、本番前「今・ここ・この音楽・シューベルト・来ていただいたお客さまへの感謝」それだけを何度も唱え続け、また、本番中も「今・この音楽・私が奏でたい音楽」だけを追っていました。なお、「私が」というポイントは重要だったと思っています。そう、他人や環境にとらわれると、脳の扁桃体が暴走してしまうからです。それでは、お客さまにお聞かせする音楽はできません。もちろん、100%思うように実践できたわけではありませんが、方向性はこれで良かったのではないかと思っていますし、今後の活動の手ごたえになったと感じています。

今にして思うと、自分で演奏会を企画して開くことの醍醐味は、事業リスクの全面引き受けもあるかわりに、自分の大切なお客さまをお呼びして、演奏も運営もその大切なお客さまの貴重な時間を素敵なものにするためにベストを尽くす、これに尽きる、と思うのです。チケットをお求めいただく以上、お客さまにそのチケット以上のもの ― 感動・喜び・驚き ― を持ち帰っていただくことに責任を持つ覚悟がなければならない。そして、お金の話、とかくお金の話はタブー扱いされがちですが、これはとても大切なことで、「採算度外視して実行することに意義があるのよ、重要なのは音楽」という一見綺麗ごとに見える感覚では、良質なリサイタルはできません。演奏だけではなく、収益にも絶対責任を持たなければならない、これが私の至上命題であり、その命題を自分に課すことが活動の原動力だったのではないかと思うのです。

シューベルト「幻想曲」本番中

【コンセプト 「名曲の森」】

今回のリサイタルでは、準備段階において、メンバー間では、今井先生が何を弾かれるのか、どういう話をされるのか、そのあたりも考慮して自分たちの選曲をしたい、という意見が出ておりましたので、何度となく(←きっとうるさかったのでないかと恐縮しているのですが)先生にその内容についておうかがいを立てておりました。

何を弾いて下さるのか、それは、先生も直前までいろいろお考えになられていたようでしたが、事前にお話をおうかがいする中で「今日名曲とされているものも、伝承の過程で、作曲者の思いとは異なるものが結果として流布されることもある」というような内容になりそうだという感触を得ていた私は、「それなら《名曲の森》というタイトルにしよう」思いついたのでした。

ですから、チラシや当日配布する冊子、そしてチケットのデザインは、全て私自身が旅して撮影したバイエルンの森の風景を素材として使っています。

なお、プログラム順は、今井先生の鶴の一声で「作曲年代順」ということになりましたが、これも、バロックから古典・近代に至る名曲の変遷を感じていただきやすいものになったのではないかと思っております。

リハーサルのひとこま

【それでも目まぐるしかった当日】

ところで、メンバー全員のタイムスケジュールシフト表を作り、ある程度頭の中でシミュレーションを重ねていた私でしたが、そうは言っても、当日は、持参したM社のメイバランスソフトゼリーすら口に出来ないほどの目まぐるしさでした。ちなみに、私は、演奏前には基本「食べない」タイプです。ただ、今回は、主催兼出演なので、念のためエネルギー補給の手段を持っておかなければと思って、メイバランスソフトゼリーを荷物に入れていたのですが、結局そんな時間は全くありませんでした。

後日のため忘備録ということで、当日の私を時系列を追って記録しておきますね。ざっとの時刻ですが。

8:20
 拙宅出発。車を断捨離したのでタクシーにて会場に向かう。

8:30
 アルティ着。一旦荷物を会場に運び込む。

8:40
 弊スタジオ(当日朝の今井先生練習場所)のシャッターを上げ、換気装置を稼働させる。

8:55
 アルティに戻り、受付リーダーをお願いしていたK氏と合流。

9:00
 再度会場入り。調律師にごあいさつ。受付リーダーとの段取り打合せ開始。

9:40
 映像・写真等で会場入りされる方を順次お迎えする。

9:50
 スタジオ練習に向かわれる今井先生にスタジオの鍵をお渡しする。

10:00
 映像セッティング。

10:10
 写真撮影に関する打合せ。

10:30
 調律アップ状態の確認。リハーサル開始、タイマーセットしてリハーサル進行管理。

11:30
 自身のリハーサル後、大急ぎで本番衣装に更衣。

12:00
 会場各種確認。
 今井先生のヘッドセットマイクテスト確認後、今井先生リハーサル開始。
 関係者座席の表示。

12:40
 本番衣装にて先に集合写真撮影。

12:50
 入口混雑緩和のため開場を10分繰り上げる判断を行い開場開始。

13:30
 本番開始。
 順調に滑り出したことを確認したあと主催者控室に籠る。

14:15
 時間が少し押していたので、休憩を圧縮し、第一部後半を定刻に始める判断をする。

14:26
 私の本番。

15:05
 更衣後、舞台袖に。以後終演まで舞台袖。
 第二部前は、休憩時間を予定通り設定する判断を行う。
 時間はかなり押していたものの今井先生にアンコールをお願いする。

14:25
 主催者として、ステージ上からお客さまへご挨拶。
 コロナ禍ゆえお見送りができないことを申し上げる。

14:30
 終演。
 映像機材の片付けを済ませた後、ホール精算手続き。

17:00
 怒涛の片付けタイムを経て何とか退館。

リハーサル進行中の私

【一人では演奏会はできません】

随分長々と、ジョイントリサイタルについて振り返ってみましたが、終わってみて思うのは、当たり前のことながら、結局演奏会は一人では絶対に開催できないということです。途中の準備段階も含めて、いろいろ悩みを聞いて下さった共演者の方々のお力の大きさたるや、もうどんなに感謝の言葉を尽くしても足りないほどです。また、音楽的なところも含めてありがたいご助言をいただいたことにも、本当に感謝申し上げたいと思います。

そして、そして、見事なサポート力を発揮して下さった当日のスタッフの皆さま(譜めくり・撮影・受付・ナレーション)、皆さまのお力なくしては、演奏会は到底開き得ないものでした。重ね重ね御礼申し上げます。