響板に製造番号の刻印があります
響板に製造番号の刻印があります

この頃ピアノといえば、アコースティックピアノではなく、電子ピアノのことを思い浮かべる方も多いのかもしれませんが、調律要らずの電子ピアノと異なり、アコースティックピアノを保有する以上避けて通れないのが「調律」という作業。一般的な家庭ですと、楽器の稼働状況にもよりますが、最低でも一年に一回程度、調律師に2時間~半日程度の作業をお願いすることになります。ちなみに、私はもっと依頼回数が多く、年に数回お願いしています。「調律ってお金もかかるし、面倒だな~」と思われている方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。事実、「うちは調律が面倒だから電子ピアノにしている」という方もいらっしゃるという話を聞いたことがあります。そもそも、ピアノ弾きの場合、他の楽器をされる方(例えばヴァイオリン等の弦楽器奏者等)と異なり、ごく一部の例外を除き、調律を自分で行うことはほとんどありません。結局は調律師にお願いしなければならない、それゆえ余計に「面倒」と思われている人も多そうです。「家にピアノあるけど、もう何年も調律していない、調律師呼ぶのは面倒だし」とか仰る方もたまにお見かけします。

その点、メンテナンスフリーの電子ピアノは実に便利です。最近では、アフタータッチの微妙な感触を実現した高機能機種もあるそうで、これはこれで楽しそうです。かく申す私も、学生時代下宿に入れていた電子ピアノをまだ持っておりまして、最近の機種とは比べ物にならないのでしょうが、電源スイッチを入れれば、今でも普通に弾くことができます。もっとも、グランドピアノを買ってからというもの、全くといっていいほど電子ピアノを触らなくなりました。譜読み程度なら、とも思いますが、どうも触る気がしません。そんなに弾かない電子ピアノなら手放せばいいのでしょうが、子供の頃からのお年玉と家庭教師・塾講師のアルバイトで貯めたお金でようやく手に入れたものだから、という思いもあり、ちょっと躊躇してしまう自分がいます。

…っと脱線してしまいましたが。

そんな調律要らずの電子ピアノとは対照的なのが、「面倒」な「調律」がつきまとうアコースティックピアノ。しかし、この「調律」(厳密には調律を含む整音・整調等の各種作業)こそ、楽器の音色を決めるといっても過言ではないと私は思うのです。むしろ、楽器の個体差もさることながら、調律師の腕の方がずっと問題である、とさえ思っています。世の中には沢山の調律師がいらっしゃいますが、「いい腕の持ち主だな」と(私が)感じる調律師はさほど多くありません。さらに、「私好み」を実現して下さる調律師となると、もっともっと限られます。このあたりになると、個々人の感受性の問題でもあり、どれが正解という話ではもちろんないのですが、とにかく、調律師と信頼関係が築けるかどうかということが、アコースティックピアノを保有する上で最も重要な事項であると思います。

ですから、全幅の信頼を寄せることができる調律師にめぐりあえると、俄然ピアノ生活が面白くなるのですね。言うまでもなく、ピアノは主に木で出来ていますから、まさに「生きもの」です。人間の体調が毎日変化するように、ピアノだって毎日状態は変化します。気候によって、楽器のバランスはすぐに変わります。その変化をふまえながら、調律師とともに長い時間をかけてじっくり調整をしていく - まさに競走馬の世界において、馬と騎手と調教師が一体となって仕上げていくイメージにも通じるものがあると思いますね(今しがた淀の競馬場の横を通ったものでつい…失礼しました)。これこそ、アコースティックピアノを保有する醍醐味と言えるでしょう。

既に以前の記事でお話しいたしましたように、自宅には20年もののドイツ製のグランドピアノがありますが、正直とても手間のかかる楽器です。今の調律師さん(久連松氏)にお願いするようになって15年あまり、じっくりと時間をかけて楽器を育ててまいりました。ハンマーの針打ちをはじめ、ダンパーペダル・シフトペダル・ダンパーフェルトの調整、スティック対策等、調律以外の作業も含めて継続的にメンテナンスを実施することによってはじめて、気難しい「じゃじゃ馬」のような楽器から、ヨーロッパのピアノらしい香り高い音色を引き出すことができるようになるのですが、この過程が実に面白いのです。

ところで、調律をお願いするときに、調律師の方とどのようなコミュニケーションをするのか、ということですが、これこそ個々人の感覚の世界なのですね。不具合がある場合は、具体的に症状を述べることもありますが、どちらかというと「響きが伸びてくる感じ」とか、「もう少ししっとりした感じ」とか、そういう感覚的な発言をすることも多いですね。優れた技術者の場合、こういったピアノ弾きのつぶやく感覚的な言葉に対し、どのように技術的に対応すればよいかをきちんと心得ていらっしゃるものです。これからスタジオの調律もお願いすることにしている名手の久連松氏の場合、15年以上のお付き合いですし、私の好みを知り尽くしていらっしゃいますので、ほとんど阿吽の呼吸と申しますか、特に何も言わなくてもちゃんと仕上げて下さいますし、安心しておまかせすることができます。

ところが、他所でピアノを触ると、そうは問屋が卸さないのですね。とある会の幹事をしていたときなど、調律が終わって「弾いてみて下さい」と言われ、「なんじゃこれ?整音がなってないじゃん!」と思ったものの、調律師さんがニコニコされているので、「あ、ありがとうございました」とスゴスゴ引き下がったことがありました。あるいは、本番中も、むくむく不満がわきあがってくることがしばしばあります。

これ、某所と同じ型式のピアノのはずなのに、似て非なる楽器だわ、この違いは一体何?
スタインウェイかもしれないけれど、スタインウェイならいいってものではないわ!
このキャンキャン・ヒャンヒャンとした音は何?
音がつまって伸びていかないのだけれど!
えぐみのあるこの下品な音何とかして!
ブリリアントであることとやかましいこととは別物!
ハンマーちゃんと手を入れているのかな?

演奏に集中すべきなのにね。きっとイライラした雑な演奏になっていたに違いない…反省。

ともあれ、ピアノ弾きの場合、お大尽でない限り、まず楽器は持ち歩けませんから、こういうことは日常茶飯事だったりします。皆さまも悩んでいらっしゃるのでは?

さて、先日こちらのスタジオに搬入されたスタインウェイのB、アクションを確認させていただいたら、ちょうど40年選手であることが判明しました。自宅のピアノよりも年長さんですね。

刻印が見えます
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何と申しますか、「自作パソコン」(今どきあるのかな?)の如く、こだわりのつまった調整がなされていて、とても面白く興味深い楽器です。これからどういう付き合いになっていくのか、ドキドキしますね。この楽器については、以前も申しました通り、対面する前からどういう音がするピアノであるか、何となく予想がついていたわけですが、実際にスタジオに入れてみると、それはそれはいい感じで、大変満足しています。ふと、その昔、私にいろいろとピアノのことを教えて下さった某技術者さんの言葉(=「本当に美しいピアノの音とは、飽きのこない音であること、疲れない音であること、うるさくない音であることだ」)を思い出しました。まさにその言葉通りの「耳に優しい楽器」です。調律師の久連松氏も「楽器そのものもいいし、チャーミングな音がするよね~」とコメントされていました。とにかく弱音の表情の豊かさが絶品で、ここが特にお気に入りです。

これから、この楽器の癖や特徴をつかんでいくために、試行錯誤が続くと思いますが、調律に関しては強力なバックアップ体制もあることですし、あまり心配していません。多分この楽器と仲良くなれることは間違いないと、今から確信しているのでありました。