前回は、ヴァイオリンと和音を合わせる難しさについて少しお話しましたが、まだまだ私の奮闘は続きます。少しでもご参考になるようでしたら幸いです。
【レガートの難しさ】
長年ピアノのお稽古を重ねていくうちに分かってくるのが、「ピアノでレガートを表現するのは、実は大変難しい」ということです。これは、年々その思いが強くなっていきますね。長年ピアノを弾いている割には、「次の音を打鍵するまで指を保って弾いているだけ」とか「指で長さを保つのが難しかったら、ダンパー・ペダルで何とかするだけ」とか ― まあそういう言い方をすると身も蓋もない気がしますが、悲しい哉、私の場合いまだにその次元から脱却できていないのです。何と申しますか、出てきた音は「ただ指で音がつながっているだけで、レガートとしてふさわしい表現は皆無に等しい状態」だと感じるのです。
それを実感させられたのが、冒頭の譜例の箇所。ヴァイオリンの先生に合わせていただいたときの録音を確認していて、あまりのことに絶句しました。こちらも、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番( Op.100 )の第2楽章です。ご紹介している譜面は Henle 版です。
問題発生箇所は、終盤近く 150 小節目以降の Andante の部分。ここは、ヴァイオリンにのみに弱音指示があり、ピアノ・パートには強弱記号がついていません。また、ヴァイオリンには単に dolce とだけ記載されているのに対して、ピアノには molto dolce に続いて sempre più dolce という具合に、「これでもか!」と dolce 山盛り状態。思わず、「ブラームスは甘党男子だからなぁ~」というツッコミをしたくなりますが、それはさておき、これらの指示から読み取れるのは、ヴァイオリン以上に「甘さたっぷり」の表現がピアノに要求されているということです。当然しっかりスラーも書かれていますし、指番号もメロディ・ラインをきっちりレガートで表現できるようなものが選択されていますから、ここはとにかく「甘美なレガート表現」がピアノには求められているわけですが…。
聞こえてきた録音は ― カン・カン・カン・カン・カン・カン・カン・カン ― 。レガートで弾いていたつもりだったけれど、何という無造作なピアノの和音の連続!うわっ!ぶち壊し!甘美も何も…。一方、ヴァイオリンはというと、ささやくような美しさを湛えた魅惑的な調べで始まり、転調しながらさらにうっとりするような甘美な旋律を展開していく…。その丸みを帯びた柔らかな輪郭の美しさといったら…。
ここで気がつくわけです、ヴァイオリンの丸みのあるレガートの「輪郭」に肉薄できるレガート表現をピアニストも身につけなければならない事実に。でも、どうやって????
この問いに答えるのは、実は相当難題です。かつ、それを実際に実演できるレベルにまで引き上げるのは、もっと難題だったりするわけですが。あえてイメージを言語化するとすれば、次のような感じでしょうか。まず一つは、音色のコントロール。特に、メロディ・ラインのある上声部の音色のコントロールには、細心の注意が必要ですね。和音を打鍵する際に発生しがちな打撃的な音色をできるだけ抑制するとともに、むしろ響きの豊かさによって「コク」のある味わい深い音色を作り出すといいのかもしれません。また、その音色を活かせるような自然な抑揚を加えていくことももちろん必要です。音の減衰を一音ずつ聞き取って、次の音の打鍵時にふさわしい音量バランスを選択することも重要です。音型にあわせた自然な強弱の変化も必須。こうした精密な操作を積み重ねてヴァイオリンの描く「輪郭」に近づけていく。
…と書くのは(まだ多少)簡単ですが、やはり実際にイメージ通りに弾くのは大変難しいことです。
【輪郭を意識する】
さて、ここで「輪郭」という言葉を使いましたが、これこそまさにアーティキュレーションとアゴーギクの問題です。これに関しては、私のレッスンのときの事例をご紹介する方が分かりやすいかもしれません。こちらは、同じソナタ( Op.100 )の第1楽章。譜面は、Breitkopf & Härtel 版です。
ちょうど 137 小節目から始まる部分ですが、ここではピアノ・パートがメロディを先行し、同じ音型がヴァイオリンに続いていく、いわばちょっとした掛け合いになっているところです。ピアノ担当としては、数少ない「私が主役!」的部分であり、ここぞとばかり気合いが入るのはいいのですが、得意になって弾き始めたところ…。
「そこの右手のメロディね、ヴァイオリンで弾いてみるからね、ちょっと聞いてくれるかな」
いきなりストップがかかり、先生が 137 小節目からのピアノ・パートのメロディを弾き始めたわけです。それはそれは美しく…と聞き惚れている場合ではなくてですね…!!!しっかり教育的指導が入ってしまったわけです。
これを文章で説明するのは、とても難しいのですが、要するに「無造作に『タン・タン・タタタ・タン・タン・タタタ』と弾かないで、ここのメロディの輪郭を最大限意識しなさい」ということだったのです。このときの先生の演奏について、私自身が聞き取ったことを言語化すると…。
- 3拍子の回転のリズムが底辺に必ずあることを意識すること
- 1拍目と2拍目では音色も音量も長さも微妙に異なっていること
- 3拍目の3連音符は長い音符よりも軽く弾くとともに絶対に均等に処理してはいけないこと
…というあたりでしょうか。これ以外にもあるかもしれませんが、とにかく目の前の演奏はそんな感じでした。そして、反省すべきは、ずっと事あるごとに注意され続けている基本事項ばかりだったということなのです。本当に、いつまでたっても上達できないわけです。ただ、私にとって新鮮だったのは、こうした表現の基本がヴァイオリンだとどのように奏されるのか、ということを実体験として知ることができたことです。
室内楽の勉強を進めていくと、自らの音楽的な基礎力欠如がよりはっきりしてくるような気がいたします。まだまだ奮闘の日々は続きそうです。