<事前カメラ設置テスト中の現場>

私どもが手がける審査用動画は、コンペティション用のピアノ独奏の収録であることも多いのですが、場合によってはピアノ以外の分野(弦楽器・管楽器・声楽)の収録を行うこともあります。つい最近も、オーケストラのオーディション用審査動画のお手伝いをいたしました。

さすがに、オーケストラのオーディションとなると、その方の人生がかかっているわけですから(就職試験ですから!)、収録をお手伝いする私にとっても、プレッシャーのかかるご依頼です ― もっともどんなご依頼でも失敗が許されないことには変わりはありませんが ― 。事前に審査要項を確認するのは言うまでもなく、機材配置や機器設定等を念入りにチェックします。楽器によっても音響特性は異なりますし、演奏動作のあり方も楽器によって相当異なります。同じ弦楽器であっても、座って演奏することが決まっているチェロの場合と、立って演奏することもあり得るヴァイオリンの場合では、画角一つをとっても全く異なる条件になるわけですから、事前のチェック事項は多岐にわたります。

ちなみに、ヴァイオリンやクラリネットといったような立って演奏する楽器の場合、演奏中の動作範囲が相当程度大きくなることを想定しておかなければなりません。映像審査の場合、顔と楽器の操作が明確に映らなければなりませんので、画面内に動きがおさまるように床に目印をつけたり、画角の異なる複数台のカメラを設置したりして、万全を期すようにしています。

<床に目印をつけています ― この線よりも前に出ないように>

さらに、課題曲についても、予め曲目や演奏時間、ピアノ伴奏の有無等も含めて確認しておかなければなりません。無伴奏の場合とピアノ伴奏がつく場合では、マイク位置や音量設定が全く異なります。オーケストラオーディションの場合、協奏曲のソロパートが指定されることも多いですから、ピアノ伴奏の有無も事前に必ず確認を要する重要ポイントです。

そんな、オーケストラのオーディションですが、人生が決まってしまう重大局面であるにもかかわらず、審査時間は結構短いようです。それだけに、あらゆることがその短い時間に凝縮されていると感じます。その最たるものがオーケストラスタディ。

オーケストラスタディとは、オーケストラ作品の指定されたパートのごく一部(時間にしてせいぜい1分程度)をひとりで弾くというもの。要するに、大勢のメンバーで合奏しているとしても、担当パートがきちんと演奏できるかどうか、あなたひとりで弾いてみなさい、ということですね。

このオーケストラスタディについては、どうやら課題曲となる定番曲が結構決まっている模様。ヴァイオリンであれば、リヒャルト・シュトラウスのドンファン冒頭の第1ヴァイオリン、ベートーヴェンの第9交響曲第2楽章の第2ヴァイオリン等は、もう定番中の定番のようで、「なるほどこれは難しいわ~課題曲になるのもわかるわ~」と思うわけです。

わずか1分程度のオーケストラスタディでも、驚くほど多くのことが要求されているのがわかります。テンポも含めて正確に弾けることはもちろんのことですが、一番重要なのは、音楽を構成する要素として、その瞬間自分の役割がどういうものであるかを明確に意識し、その役割を果たすためにどれだけ行き届いた表現ができるか、ということなのではないかと思います。

特に、そのパートだけを弾いていたとしても、他のパートの音がイメージされているかということが重要なポイントだろうと思います。例えば、ドンファンであれば、「あ、確か、ここでティンパニーが鳴っていたな」ということが分かる演奏であるかどうか。曲全体のフレーズ感が感じられるかどうか、その中で担当パートとして実現すべき表現(例えばアーティキュレーション等)が適切に表現されているか。奏者においては、担当パートのみならず、フルスコアをしっかり頭に入れたうえでの演奏が求められるのだろうと思います。

実は、このオーケストラスタディの収録作業を行いながら、この私、師匠からレッスン中に注意されたことを鮮明に思い出したのです。

― それじゃあね、どこのオーケストラも入れてくれないよ~

もちろん優秀な方はそうではないのでしょうが、私のような「あ~あ残念なピアノ弾き」の場合、一つ一つの音の処理がぞんざいになりがち。でも、全ての声部を一人でこなすことが多いピアノ独奏においても、オーケストラのような精密さが求められていることは言うまでもないな、とあらためて思ったのでした。