練習時間が増大すると、それに伴って種々の故障リスクも増大します。よく知られたところでは、腱鞘炎等の手指の故障リスクの増大ですが、気を付けなければならないのはそれだけではありません。特に、加齢に伴ってリスクが増大するのが、聴力の問題です。

騒音性難聴という言葉を聞いたことがある方も多いかもしれません。「騒音性?私がやっているのは騒音ではなくて音楽だから!失敬な!」と仰りたいその気持ちはよく分かりますが、残念ながら、これは音楽であっても十分起こり得ることです。

ところで、この騒音性難聴ですが、慢性音響性聴器障害とも言われており、85dB 以上の大きな音を長時間、長期間に渡って聴き続けると、騒音性難聴のリスクが増大するとされています。耳鼻咽喉科医師の和田哲郎氏によると、「音圧レベル 85dBA 以上の騒音環境は蝸牛に有害であるが短時間では難聴をきたさない。1日8時間労働、5~15年以上の経過で徐々に難聴が発生、進行」し、「緩徐に進行し自覚症状が乏しいことから、受診する時期にはかなり難聴が進行している場合が多い」(※)ということだそうです。

楽器によっても異なりますが、ピアノの場合は 90~110dB の音に晒されているわけですから、実はかなり危険。110dB の音だと、一日30秒晒されるだけでも WHO が定める許容値を超過するということになるそうです。内耳の有毛細胞は損傷すると治癒は困難という話ですし、それでなくても加齢に伴う高周波数帯域の聴力損失のリスクもあるわけですから(有毛細胞の音ストレス耐性も年々下がるので)、これは心してかからなければなりません。

ということで、最近では意識的に耳を守る方法を模索しております。

例えば。

  • 練習時間を細切れのブロックに分け静かな時間帯を積極的に間に挟むようにする
  • イヤーマフを装着した練習を行う
  • 等々。

    イヤーマフといえば、射撃訓練の現場で使われるもの、というイメージがあったりしますが、聴覚過敏の方等もよく利用されているようです。私も練習時に使ったりしておりますが、慣れると案外快適ですし、装着すると「弾くぞ~」という気分にもなり、結構集中できるように思います。

    ただ、イヤーマフを装着した練習ということになると、もちろんメリットだけではなく、デメリットもそれなりにあることを理解しておく必要がありますね。まず一つは、音色の聴取上の問題。イヤーマフに限らず、遮音や吸音素材を使った防音措置に一般的に言えることですが、この方法は少なからず周波数帯ごとのバランスが変わってしまうことが多いのですね。私が使っているイヤーマフは NRR27(-27dB) ですが、添付資料によれば、 3150Hz の帯域だと44.5dB、4000Hz の帯域だと 45.4dB の減衰であるのに対し、125Hz の帯域だと 20.5dB の減衰ということでしたので、音色は全く異なって聞こえるはずなのですね。

    あと、イヤーマフの場合、特に、最初のうちは締め付け(側圧)が強く、買ってきたままの状態では長時間装着できるようなシロモノではありません。この締め付け対策については、とても原始的ではありますが ― 師匠の本を挟むとは失礼千万と叱られそうですが ― 数日分厚い本を挟んで締め付けを緩める、という方法が実は効果的です。

    数日こうしておくとかなり楽に装着できるようになります

    最近では、ノイズキャンセリング機能を備えた音楽家用の耳栓も出回っており、これだと音質もある程度保たれるだろうと予想されるのですが、現時点では私は試しておりません。

    そういえば、ライブハウス等では、オーダーメイドのインイヤーモニターを使うことも多いと聞きます。クラシックの分野でも、オーダーメイドの耳栓とか、案外必要な場面も多いのではないかな、と思います。今後、こういったものも普及していくのでしょうか。

    いずれにしても、適切な練習時間を確保しつつ、自分の耳を守る工夫が必要なのではないかと思う今日この頃です。

    (※) 和田哲郎「騒音性難聴の最近の知見(疫学,基礎など)」
     日本耳鼻咽喉科学会会報 120 (3), 252-253, 2017