コロナ禍を機に増えたであろう動画提出方式によるピアノコンクール、「実際のところ動画審査ってどうなの?」という素朴な疑問をお持ちの方に対して、小学一年生から最高峰クラスの国際コンクールコンペティターまで、数多くの審査動画の収録・作成を手がけてきた私自身の経験を通じた感想をご紹介しようと思います。

あくまでも、私個人の感想であることをご承知おきください。


【動画でもある程度のことは分かる】

沢山の動画を収録した経験から申し上げられるのは、「この方は通るな」とか「これは残念だけど」といったところは、動画でもハッキリ分かるということです。

デュナーミク、アーティキュレーション、アゴーギク、ペダリング、そしてタッチの質について、こうしたものの「巧拙」は動画であってもしっかり反映されるからです。

「動画だと撮り直しが可能なので、その人の本番の本当の実力が分からない」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それも、さほど大きな問題ではないと思われます。人間、動画を収録するために数回~十数回弾いたとしても、集中力に限りもあります。むしろ、準備不足の方は何度弾いても弾けない、逆に準備が出来ている方は何度弾いても問題ないテイクになることが多い、というのが私の実感です。

また、数回収録したテイクについて、テイク毎の「上手く行った、あるいは行かなかった」といったような差は、ご本人が思うほど大きくはなく、同一の方の録音について言うと、正直どのテイクであったとしても、結果においてほとんど差は出ないであろう、即ち、通る方は通るし、通らない方は通らない、それは結構ハッキリとあると思われます。

なお、コンクールの場合は、いわゆる音圧を触ることが許されませんから、ダイナミックレンジの差がそのまま記録されることになります。曲にもよりますが、稚拙な方ほどダイナミックレンジの差が少なく(即ち「フォルテは物足りずピアノはうるさい」)、曲中の音色の変化もさほどないと思われます。これらは、残念ながら、動画であっても如実に記録されているものです。

もちろん、マイクの性能の問題はありますが、私の経験から申しますと、音色の差異についても、それなりに記録されるもので、上手い方の場合はそれなりに美しく、残念な方の演奏は残念な音色のまま、これもシビアに記録されますね。

そういう意味で、奏者の音楽性も含めた大まかな判定であれば、動画でもある程度のことはできるだろうと思われます。国際コンクールの予備審査で動画によるセレクションがあるのは、そうした事情ではないかと思います。

それゆえに、今後はこのパンデミックの収束によって、ある程度はホール審査に戻っていくようにも思われますが、一定程度動画提出方式は残っていくのかもしれないと感じるところもあります。


【同じ楽器を使った場合の奏者による音色・振動の差は動画だと分かりにくい】

一般的には、審査動画の場合、同一の楽器による同一の条件で収録されたものを提出するわけではありません。そこへ行くと、ホール審査の場合、「同一の楽器を前にしても、奏者によって驚くほど音色が変わる」という現象に直面することになるでしょう。もちろん、ホール審査のライブ配信であれば、配信動画であっても、その現象をある程度は感じることはできるかもしれませんが…。

実際、ホールでは、楽器が「よく鳴っている」/「あまり鳴っていない」というあたり、客席でもハッキリ識別することができます。ピアノであれば、弦振動の状況がどうか、というあたりの体感です。

これは、聴いている側も、聴覚だけではなく、いわゆる振動覚の影響を受ける、というところもありそうです。あるいは、可聴域をはるかに超える高調波成分も、聴く側の印象形成に影響を与えると考えられます。

私の見るところでは、「楽器が気持ちよく鳴るような美しい音の持ち主」の場合、その豊かな倍音がもたらす音色と振動覚ゆえに、演奏に接する人に与える影響も非常に大きいと思われます。

一方、あらゆる機器には、「フィルタ」があり、フィルタを通過する周波数と通過しない周波数が現に存在しますから、生演奏のときに感じられる高調波成分については、動画ではある程度カットされている(減じられている)と思います。

同じ楽器でも、違う奏者によって順々と弾かれ続けると、楽器の状態はかなり変化しますが、それを加味したとしても、奏者による楽器の挙動の差はかなり大きく、これは生演奏の現場でしか分からないことではないかと感じます。