「気を丹田におさめましょう」 ― 私が時々参加しているパワーヨガクラスのインストラクターの先生がよくおっしゃるコメントです。「丹田」 ― ヨガに限らず、いろいろな場面で古くから使われる言葉です。各種武道あたりでも、「臍下丹田に力入れて」と指導されることがあるようですし、メンタルトレーニングの世界でも「丹田」を意識した「呼吸法」があると聞きます。
ヨガといえば、先日お世話になった方から、「こんな本があるよ、 Doblinger で売っていた」と教えていただいたのは、なんとドイツ語のヨガの本(!)でした。演奏家のためのヨガやストレッチの本とのことでした。きちんと題名や出版社等控えればよかったのですが、あいにくチェックできず、皆さまに書名等をご紹介できないのが残念です。今度お会いしたときにでも、聞いておきます。内容ですが、ざっと拝見したところでは、各種ポーズの写真が番号を付されて挿入されており、例えばピアノであれば○番と○番、ホルンであれば△番と△番、歌手であれば◆番と◆番…といった具合に、演奏家カテゴリー別に推奨されるポーズが紹介されている、といったものでした。どうやら呼吸についても言及されているようでした。こんなヨガの本が、欧州の、それも老舗楽譜屋さんで売られているとは、ちょっと驚きでした。
そうそう、私自身ヨガは結構好きです。数年前は相当はまっておりました。体幹部がしっかりする感覚が案外心地よいです。練習の最後に行うシャヴァ・アーサナ(「くつろぎのポーズ」と訳されるのでしょうか)、身体がリセットされるような気持ち良さがあります。ただし、年齢・能力を考えず無理をしてポーズをとってしまったりすると、かえって怪我をしてしまうこともあるので、そこは要注意です。事実、左膝の半月板を損傷し(ウォーミングアップのはずがそこで怪我をしてしまうお馬鹿なワタクシ…)、しばらくヨガクラスをお休みしております。回復したらまた復帰したいと思っておりますが、ピアノ練習時間の捻出に必死になっている昨今、一度お休みしてしまうと、復帰が難しくなるのでは、という懸念もあります。
さて、冒頭の「丹田」の話に戻りましょう。「丹田」というと、一般的には臍下三寸のところにある「臍下丹田」のことを指すようです。私自身専門家でもありませんから、この「丹田」というものが解剖学的にどういう機能を持つものなのか、あるいは運動生理学的にどのような機能を持つものなのか知る由もありません。ただ、この「丹田」とされるところ(腹横筋とか腹直筋とか体幹部のキーとなる筋肉が集まっているあたり)を意識することによる効用が、歴史的にも長く認識されている以上、きっと一種の経験則のようなものがあるのでしょう。
あるいは、「腹(はら・肚と書くこともあるようですが)」を含む慣用句がとても多いですよね。特に、「腹が決まる」・「腹が据わる」といったような使われ方をするところを見ても、「何か覚悟の決まった感じ」を作り出す身体の部位が腹部、即ち「丹田」周辺であることはどうやら間違いなさそうです。
今回、この「丹田」に言及しておりますのは、ピアノを弾く際に「丹田」を意識してみると何かいい効果が出てくるような気がする、という実感があるからです。実を申しますと、先日来「<比較的上手く行った本番>と<不本意でさんざんだった本番>との差は何だろう」ということをつらつら考えていたのですが(以前の記事もご参照ください)、はたと「腹を決めた感じ」・「覚悟の決まった感じ」の有無が、本番のパフォーマンスに影響するのではないか、と思い至ったのです。演奏が比較的上手く行ったと感じるときは、身体の重心が安定していて、気持ちも揺るがない感じがあったような気がするのです。なぜそういう状態に入れたのかは謎です。結局のところ、開き直っていただけという気もしますが、案外そういう感覚がいいのかもしれません。一方、「逃げ出したくなるほどどうしようもなかった本番」のときは、決まって重心が定まっていなかったように思います。
重心といえば、椅子の高さや安定性も問題になるかもしれません。先日の不本意だった本番では、椅子の高さが普段よりも若干高めだったかもしれない、という気もしますし、それ以上に椅子の安定性が悪く(時折グラッときて前のめりになるかも…と不安になりました)、体幹の安定どころではありませんでした。とにかく、どっしり座った感じではなかったのです。もっとも、演奏の不出来を椅子のせいにしている時点で全くの未熟者ですね。
そういえば、ピアニストにとって好ましい椅子の高さの考え方についても、これまたいろいろありそうですね。この分野に詳しい方、ぜひご教示下さいませ。椅子の高さこそ人それぞれのようです。足の長さかな?と短足(!)の私は思ったりもするのですが、足長さんゆえに椅子を低くされている方と、足長さんゆえに椅子を高くされている方がいらっしゃるみたい…。私はと申しますと、最近高めの椅子に座るようになりました。多分、スタジオに置いているこの椅子(思えばこの椅子から今年の事件は始まりました)を使用することになったことがきっかけの一つです。個人的には、効果的に打鍵できる腕の角度を作り出すのに最適な椅子の高さ、というものがあるような気がしておりますが、実はこのあたりのこと、知見が全くありません。
…と話が発散してしまいましたが、とにかくしばらくの間、少なくとも椅子に座って弾き出す前に、「丹田」を意識してみる、という実験を個人的に続けてみようかな、と思っております。下腹に力を入れて、しっかり呼吸してから弾けば、多少はマシな演奏になったりするのでは、とひそかに期待しております。それ以前に、普段の練習量を増やしなさい、といったところでしょうが…。