スタジオのピアノのアクション部分
<スタジオのピアノのアクション部分です>

人工知能(AI)は職業を奪うのか ― オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン氏の衝撃的な論文「雇用の未来」が発表されてからというもの、どこでもここでも「消える職業」「なくなる仕事」の話題で持ち切りです。「今まで安泰とされていたホワイトカラーの仕事は全てAIに置き換えられる」といったような言説を目にすることもしばしば。法律や会計や医療といった分野でもAI化が進む、といったような話も聞きますね。事実、某光学機器メーカーが、 Machine Learning(機械学習)を活用した網膜画像診断関連事業に乗り出したということですから、まさに世の中は本格的なAI時代へと向かっているようです。

そもそも、テクノロジーというものは、加速度的に進化するようです。つい昨日のことのように思える30年前(1987年)のことを思い出してみると、今日のインターネットやスマートフォンの普及など、当時は想像もつかないようなことだったわけですから、世の中の変化のスピードたるや、本当に恐ろしいものがありますね。一世を風靡した商品も、あっという間に市場から消えてなくなりました。カセットテープ、ビデオテープ、ワープロ専用機 … 枚挙にいとまがありません。

30年といえば、世界情勢も大きく変わりました。最近の学生さんにしてみれば、「ソ連」は、もう教科書でしか見ることのない「歴史上の事象」でしかないそうですから、隔世の感がありますね。世の中の変化というものは、いつの時代も、当事者の予想をはるかに超えるものではありますが、それにしても、ここのところ世の中の変化の早さには、本当に驚かされます。

さて、めざましいテクノロジーの進化を目の前にして、どうも暗い話題が多いのは大変残念なことです。「多くの職業がAIにとってかわられ、一流と呼ばれた大企業が次々に姿を消すだろう」という話も囁かれるようになりました。ですから、将来に漠然と不安を抱えている人も結構多いのではないでしょうか。それでなくても、我々の世代の場合、少子高齢化が益々進む状況にあって、「年金もどの程度当てにしてよいのか甚だ疑問」ですし、それでいて「人生百年」だそうですから(こちらの記事もご覧ください)、もう「どうするのよ~」というのが正直なところでしょうね。

…とまあ、随分と話が暗くなってしまいましたが、根が楽観的な私は、案外のんきな感覚を抱いております。AI時代? ― いいじゃないの、あまり好きではない雑事や得意ではない作業は全部AIにやってもらうんだもん、私は好きなことだけするんだもん、それにどんな目新しいテクノロジーが登場してくるのか、楽しみ楽しみ!こっちはクリエイティブに生きればいいだけのことだしね!

そうです、これからは、自らアーティストとしてクリエイティブに生きる者こそが活躍できる時代なのです。嬉しいことではないですか。私などは、「音楽は趣味でやるからこそいいのよ、一握りの天才を除いて、音楽で食べていけるわけがないんだからね」と言われて育ったわけですが(←そういえば「音楽の道に進んでは…」という話が浮上する度に、悉く親は「趣味でやらせますから」の一点張りだったからなあ…)、これからは案外「芸が身を助ける」時代になるかもしれないのですから、これはこれで楽しみなことだと思っています。

もちろん、音楽をとりまく世界にも、テクノロジーの進化はいろいろな変化をもたらしてくれることでしょう。いずれ機会がありましたら、稿を改めて詳述できたらと思っておりますが、「身体から与えられた運動エネルギーが、楽器というメカニカルな機構を通って、最終的に弦振動が空中に音波として伝わっていく、その過程を物理学的につぶさに説明する」ことは恐らく可能なのだと思いますし、現時点において未解明な部分も多い「音色」を「知覚」することについても、早晩科学的な知見が蓄積されることでしょう。そして、人工知能による楽器演奏が実現されるのは間違いないことでしょう。一説には、人工知能に、人を感動させる作品を作曲させることもできるようになるとか…。

しかし、人工知能による作曲や楽器演奏が普及したとしても、そのことをもって直ちに音楽家が全員失業、という事態にはならないような気もします。というのも、音楽芸術の分野は、「瞬間の芸術という二度と再現できない一回限りの事象」=「ライブ」を基本にしているからです。この「ライブ」こそは、その時その場所に居合わせた者にしか共有できない「唯一無二の特別な体験」です。しかも、そこに集う多様な人間の集合(それも感情というものを有する多様な人間の集まり)が織りなす世界は、毎回予測不能な新鮮さに満ち溢れているのです。これほど面白いことはないですね。

そうそう、私どものスタジオでも、時々「練習会」というささやかなイベントを開催しておりますが、毎回異なるメンバーの組み合わせによる異なる趣向の会になっておりまして、主催者としても、「再現性のない唯一の機会」をいつも新鮮な刺激を感じながら楽しんでおります。「練習会」が、参加者同志の新しい出会いと新しい感動を生み出す場として、これからも細々ながら継続できればいいな、と思っている次第です。

一回として同じことが起こらない ― その新鮮なドキドキ感こそ、音楽演奏を生で楽しむ醍醐味。AI時代が到来したとしても、こういう「音楽の集い」のようなものは、案外色あせることなく続いていくのではないのかな、というのが私の楽観的な予想なのであります。音楽家の皆さま、さあ出番ですよ!