<奏者と聴衆の距離が近いスタジオ>
<奏者と聴衆の距離が近いスタジオ>

それなりに時間をかけて準備したはずなのに、練習のときよりもはるかに「劣化」したパフォーマンスに終わってしまった痛恨の本番 ― そういう苦い思い出、数え上げたら枚挙にいとまがありません。それでなくても演奏技術習得という意味で未熟さがあるのは否めないというのに、その「自分比」で考えても「劣化」すること甚だしい ― 本当にため息が出そうです。せめて、この「劣化を最小限」に止めたい、というのが切実な願いだったりします。そう思うのは私だけでしょうか?

演奏スキルの習得は、これはもう長い時間をかけて粘り強く反復訓練する以外方法はないわけですが、それとともに、「現在自分で実現可能なベストパフォーマンスからの劣化を最小限に抑える」練習、即ち「セルフコントロール技術の習得」も必要なのではないか ― 実は、最近その思いを強くしているのであります。

きっかけは、少し前のレッスンでした。楽曲終了時の一連の動作について、「練習のときからきちんと意識しておかないと、本番中にやろうったって出来ないんだからね!」という教育的指導(!)をいただいたとき、はたと「ああそうだ」と思いあたったのでした。

ああそうだわ、練習で出来ないのに本番だけちゃんと出来るはずがないのだ。
練習のときに意識できないことを本番で意識できるはずがない。
ということは、本番時のセルフコントロールについても、練習時に意識しておかないといけないということなのでは。
そういえば、セルフコントロールのスキル向上を主目的とした練習機会ってあったかしら…。
「ゲネプロ」は、もちろん本番に近い環境での緊張感を味わうことはできるけれど、でも、本番前の各種確認(楽器の確認・音場の確認等)の機会でもある。
それに、そもそもゲネプロだけの準備で足りるはずがない。
「弾き合い会」も、確かにセルフコントロールに関する課題発見のための重要な機会ではあるけれど、結局何となく集まって「弾き合う」のが目的だったりする。
打ち上げの席で、セルフコントロールについて各種意見交換が行われることもあるけれど、だいたいアルコールが入るわけだし、いつしか話も散漫になってか終わるし…。
本番中のセルフコントロール・スキルをどうやって向上させるか、そういうことを考える機会があったっていいのでは…。
そんなトレーニング機会、探すぐらいなら、自分でいろいろ試してみればいいじゃないの…。
スタジオ作っちゃったのだし、そういうイベントも作ればいいんだわ!

どうも、例の衝動買い事件(!)以来、「思いつき」で行動する癖がついてしまった私(それでいいのかどうか…?)、今度は「新たなイベントを試行してみようという」という考えに夢中になってしまいました。どうせなら、自らのパフォーマンスについて「気づき」のきっかけになるようなイベントがやりたいなぁ。それからというもの、どのような形のイベントがいいだろうか、あれやこれや思案する日々が続きました。

当初は、「運営にあたりファシリテーションの技術を応用するかな」、「リフレクションの考え方をとり入れてみようかな」、「カウンセラーの先生から習った心理学の知見も活かして…」等々、怒涛のように押し寄せてきたアイディアをてんこ盛りにした企画も考えたのですが…。

でも、そもそもそんなものを参加いただく方が本当に望んでいらっしゃるかどうか分かりませんし、参加いただく方が気楽に楽しんでいただけるような形がいいかも、と考えを改めました。まずは、参加者同志でシンプルに「本番あるある」を共有できるような会、という方針でスタートさせてみることにいたしました。名付けて「自主研鑽の集い」。とりあえず、会の方向性は次の通りです。

練習で出来ないことは本番でも出来ない ~ それなら練習の機会を持とう

さて、これからどうなりますことやら。